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2011年3月24日 (木)

震災の日にダイバートした機長の手記が話題に

3月11日の震災の日、羽田や成田が長時間閉鎖されたため、目的地を変更せざるを得なかった飛行機が多発しました。

国内線や、近距離国際線であれば「出発地へ戻る」というのが妥当な選択肢の一つ。しかし、欧米からの長距離便の場合は、日本近くまで来てから引き返すほどの燃料の余裕はありません。台風や雪であれば天気予報に基づいて(気持ちも含めて)事前の準備が出来ますが、今回のような地震は本当に突然ですから現場は大変だったでしょう。

そんな中、成田に向かっていて最終的には千歳に着陸することになった、米国デルタ航空の機長が書いたとされる手記が投稿されて話題になっています。

「燃料が足りない!」震災で空港閉鎖、上空にいたパイロットの真に迫る手記

Written by a Delta pilot on approach to Tokyo during earthquake
(元ネタと思われる英文)

全文はリンク先を見てもらうとして、経過を簡単に書くと、

  • 成田の手前100マイルで地震発生→上空待機を命じられた
  • 滑走路閉鎖がいつまで続くかわからないとの情報と、他の便も次々ダイバート(目的地変更)をし始めたことからダイバート決意
  • 名古屋(セントレア?)が受け入れ可能と連絡があり、向かうことになったが、数分後に「混雑してて受け入れられない」と言われた
  • 大阪(関空?)も横田(米軍基地)もいっぱいで降りられない
  • 三沢に向かっていたら千歳に向かう許可が出た
  • しかし、千歳直前でまた混雑・待機の指示
  • 30分待機する燃料はあったが「緊急事態」宣言
  • なんとか無事に着陸できた。緊急事態宣言したことで報告書は書かないといけないがそれはしかたない
  • 他にもたくさん千歳にダイバートしてきた
  • 乗客を降ろすことが出来たのは9時間後

というような内容。

ちょうど千歳で撮影していた方もおられて、そのときの空港の状況や、機長の手記に対する「地上側の事情」が書いてあります。

ブタネコのトラウマ
  新千歳空港 ダイバート
  参考追記『雑感(3月24日)』

「燃料の残り時間=生存可能時間」であるパイロットの気持ちも、「安全に飛行機を受け入れる」ためには滑走路のチェックなどが欠かせない空港側の立場も理解できます。現場は混乱してさぞかし大変だったと思います。

とりあえずは、当日着陸が出来ずに大事故になった飛行機がなくて良かったとまとめておきます。

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